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zoom RSS 長崎の「ホロコースト」から61年

<<   作成日時 : 2006/08/09 22:06   >>

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今日、8月9日は61年前に長崎に原爆が投下された日。

地球上で対人相手に核兵器が使われた最後の日であり、唯一、プルトニウム型が使われた日です。

6日のときはかけなかったのですが、こういう日だからこそ、考えてしまいます。

「あの原爆投下というのは、何だったのか?」

太平洋戦争の早期終結を目指したというのは、ひょっとしたら美談ではないでしょうか。

アメリカという自己利益しか考えない身勝手な国が(世界どこでもそうですが……)、戦後、対ソ連で優位に立ちたいという自己目的のためだけに原爆投下を行い、無関係な民間人を大量に殺したことは事実。

そうならば、ただの「ホロコースト(大量虐殺)」じゃありませんか?

それは、マズイですよね。
国際法に反しますよね。


ですが、原爆投下を美化する国です。

核保有国は対外圧力になるとしか考えておらず、被爆の悲惨さなどの現実を全く見てません。

で、どうでしょう?

被爆国のみ核兵器の保有を認めるってのは

そうすると、日本以外はどこも持てませんので、事実上廃絶になりますね。

ちなみに、当時のソ連という国も身勝手。(今でもそうだが)

大戦中は日本と不可侵条約を締結していたが、アメリカ優位になった時点で条約を破棄して対日参戦し、北海道占領を目論みましたが失敗。

しかし、北方領土の「占領」は続いてますね。

根室から納沙布岬に行くと、こんな看板が見えます。

日本国民から見たら、この看板は「事実」ですよね。(撮影は7年前です)
画像


そんな身勝手な主義主張を繰り返す国々に世界平和を唄う資格はあるんでしょうか?

「テロ対策」という一言で、気に入らない勢力は抹消することって許されるんでしょうか?

最近、はなはだ疑問に感じていることです。

そして、戦争のない世の中って来るんでしょうか?

当然、ないのがベストです。
ですが、国どうしの過剰なエゴのぶつかり合いでおきてしまうことはありえます。

防ぐには、そのエゴを押さえることが必要ではないでしょうか。

「戦争」というのはもうほとんどないでしょうが、「テロ」という一種のゲリラ戦の形で続いていくものとも思えます。

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今日は主観がかなり入ってしまいましたが、マスコミでさえ、主観的な見方があり、それに反するものはほとんど掲載しないとも言われているくらいです。

代表的なのが、「朝○」ですね。

ちなみに、私は、

アメリカもロシアも、中国も韓国も嫌いです。はい。

そして、それらの国々の一挙手一投足におびえているように見える日本国政府も論外です。

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