CW馬なりにて歩む(旧館)

アクセスカウンタ

zoom RSS 【昔話】競馬を戦歴、番組で予想するスタイルを始めたきっかけ

<<   作成日時 : 2005/05/11 00:27   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

戦歴、番組といった形で競馬予想を進める世間では珍しい予想スタイルをとっているが、そのきっかけを書きたい。

実はナカムラ氏という、昔の先輩の影響が大。

東京優駿(日本ダービー)をタヤスツヨシが勝った年のことで、もうかれこれ10年くらい前の話になる。

この年は7枠に皐月賞馬ジェニュインと2着馬タヤスツヨシ、そしてオグリキャップが種牡馬としての初産駒となったオグリワンの3頭が同枠に入った年で、何だったか忘れたが、サンプルを示してレース前に豪語していた。

「タヤス−ジェニュインの馬連1点で決まる」と。

そのとき彼は、万が一のことがあるからと、枠連7−7を押さえにいれたが、タヤスとジェニュインの馬連1点と同枠のゾロ目馬券の2つに合わせて5万円くらい突っ込んでいたはず。

実質1点の5万円勝負。

当時若かった私にはそんなことできるわけがない。(今でもマイナスの恐怖を考えると、できない)
1番人気だけど、そんなに堅いのか?、そんなに突っ込んで大丈夫なのか?って驚きを持ってレースを見た。

……

 その通りの結果に終わった。驚き以外の何もなかった。


その後、メシを奢ってもらったときに、その先輩は私に一冊の本を私に貸してくれてタネ明かしをしてくれた。

タイトルは忘れたが、片岡氏の本だった。

その後に、ホクトベガが勝ったエリザベスでも、氏は外したが、後検量の形で説明を入れてくれた。

そして、暫くののち、事実上の引退で私がそこを離れる事情ができた。

そのときに、引退記念だからってことで、2人で京都競馬場へ行き特別指定席で競馬をやった。

冬晴れの京都。若かった私には不釣合いな指定席だった。

朝3時出発でその先輩のBMWに乗り名神を走って行ったこと、最後だからってことで、入場料3500円と昼メシをおごってもらった事、メインの京都牝馬特別(当時)も外し、馬券は2人とも散々な結果だったことを覚えている。

その人はユーモアもあり、下から慕われるすごくいいヒトだった。

今はどうされてるのかわからないが、その人の考え方等をアレンジした形が今の私の予想の基礎になっている。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
競馬小説『偽りのスターリヨン』
第四回 [場面三] 恵比寿 ウエスティンホテル ダイニング 【恋人よ、我に帰らず】 ...続きを見る
競馬小説『偽りのスターリヨン』@Webr...
2005/05/11 15:36
【昔話】競馬を戦歴、番組で予想するスタイルを始めたきっかけ CW馬なりにて歩む(旧館)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる